任せられる時代に、何をAIに任せないか。

任せられる時代に、何をAIに任せないか。 AI
任せられる時代に、何をAIに任せないか。

少し前、弁護士をしている友人とAIの話になった。

彼は仕事で、LegalscapeというリーガルリサーチAIを使っている。決して安くない年間利用料を払っているらしい。

それでも「十分ペイする」と言う。

以前なら図書館へ行って、法律書や判例を探していた。調査のために人の手を借りることもある。その時間と労力を考えれば、むしろ安い。

最近では、最高裁判所判例解説などもLegalscape上で利用できるようになっている。法律情報を探すという仕事そのものが、かなり変わり始めている。[1]

そして彼には、もう一つ実感していることがあるという。

AIを使っている弁護士と、使っていない弁護士で、仕事の仕方に差が出始めている。

この話を聞いたとき、少し意外だった。

生成AIが仕事を奪う、という話はよく聞く。

でも彼の実感は、むしろ逆だった。

専門家がAIを使うと、専門家はもっと強くなる。

「AIで作れる人」は、もう珍しくない

この話の少し前、私はAIで作品を作る個人について考えていた。

Xを眺めていると、驚くほど完成度の高いAI画像やAI動画が毎日のように流れてくる。数年前なら専門の制作会社が必要だったような映像を、一人で作ってしまう人もいる。

では、その人たちは、そのまま「AIクリエイター」として食べていけるのだろうか。

調べてみると、少し面白い数字があった。

Upworkの2026年の実取引データでは、生成AIを使ったクリエイティブ制作の契約開始件数は前年比90%増えている。

ところが、一契約あたりの収益は13%下がった。

仕事は増えている。でも、単純なAI制作の値段には下押し圧力がかかっている。[2]

AIから始めて、実際に仕事を獲得した人もいる。

ただ、そうした事例を追っていくと、仕事として続けるために必要になるのは、だんだん「AIで作る能力」だけではなくなっていく。

企画する。顧客の意図を理解する。修正する。ブランドを理解する。品質を管理する。納期までに仕上げる。

一枚のすごい画像を作ることと、仕事を完遂することは違う。

AIで何かを作る能力から、AIを使って仕事を終わらせる能力へ。

そこに一つ、溝がある。

AIの外側にあるもの

そしてUpworkでは、反対側でも興味深いことが起きている。

AIを組み込んだ専門サービスは前年比で仕事量が72%増え、収益も22%増えた。より複雑なAI活用をするフリーランサーでは、収益が45%増えている。

Upworkはこうした人を「AI Orchestrator」と呼んでいる。

単にAIを操作する人ではない。

業務を理解し、適切なAIを組み合わせ、出力を評価し、人間が判断し、実際のビジネス成果まで持っていく人だ。[2]

ここで、弁護士の友人の話を思い出した。

彼が買っているのは、AIが書いた文章ではない。

法律という専門性を持った自分が、より速く、より広く調べ、判断するための能力を買っている。

これは彼一人の特殊な使い方でもなさそうだ。

Thomson Reutersが世界27カ国、1,500人以上の専門職を対象にした2026年調査では、法律分野で生成AIを利用している人の用途で最も多かったのがリーガルリサーチで80%。文書レビュー74%、文書要約73%と続く。専門サービス組織でのAI利用も、前年の22%から40%へ上昇している。[3]

AIだけを持っている人と、

何かの専門家がAIを持った人。

似ているようで、かなり違う。

AIが進歩すればするほど価値がなくなるのは専門性ではなく、むしろ「AIを使えること」そのものなのかもしれない。

法律を知っている。

広告を知っている。

建築を知っている。

顧客を知っている。

現場を知っている。

その上でAIを使う。

AIそのものは真似できても、その人がAIの外側に持っているものまでは、プロンプトから簡単にリバースエンジニアリングできない。

では、専門家はどこから来るのだろう

ここまでなら、話はわりと明るい。

AIを使えば専門家はもっと強くなる。

AIから始めた人も、専門性を身につけていけばいい。

でも、そこで妙な疑問が残った。

その専門性は、どうやって身につけるのだろう。

日本総研が2026年4月に発表した「生成AIと日本の雇用―若年層の技能形成をどう確保するか―」というレポートが、この問題をかなり真正面から扱っている。

文書の下書き、データ整理、定型対応。

AIが得意とするこうした仕事は、これまで社会に出たばかりの若手が仕事の基本を覚える「エントリー業務」でもあった。

日本では人手不足や新卒一括採用、メンバーシップ型雇用などがクッションになるため、米国のように若年層の失業という形では問題が表れにくい。

だからこそ、雇用の有無よりも、仕事を通じた技能形成の機会が失われることが問題になる。[4]

レポートでは、AIを使うことで成果物だけは早く高い水準に達してしまう状態を「見かけ上の習熟」と捉えている。

ここが少し厄介だ。

AIが新人を助けること自体には、かなり強い証拠もある。

5,179人のカスタマーサポート担当者を調べた研究では、生成AIによる生産性向上は平均14%だったのに対し、新人や低スキル層では34%だった。熟練者への効果は小さかった。研究者は、AIが熟練者のベストプラクティスを新人へ伝えている可能性を指摘している。[5]

これは素晴らしいことでもある。

でも、

良い成果物を作れることと、その仕事が分かっていることは同じではない。

AIが出した80点の答えを使うことはできる。

では、なぜ残り20点が足りないのか分かるだろうか。

例外が起きたときに気づけるだろうか。

AIが間違えたときに、それを疑えるだろうか。

専門家に必要なのは、たぶんこちらの方だ。

三人に、同じAIを渡してみる

ここまで考えて、AIを使う人を三人に分けてみたくなった。

一人目は、AIから始める人

専門的な教育や高価な制作環境がなくても、かなり高いレベルから始められる。作品を発表し、そこから仕事につながる可能性もある。

二人目は、すでに専門家である人

弁護士の友人のように、自分の専門性へAIを足す。AIは仕事を奪う存在ではなく、自分の能力を増幅する道具になる。

そして三人目。

これから専門家になる人。

この人が、一番難しい場所にいる。

AIのおかげで、一人目としてスタートすることは以前より簡単になった。

二人目になれば、AIから大きな恩恵を受けられる。

でも、一人目から二人目へ行く途中にあった仕事を、AIが先にやってしまう。

AIは入口を広げた。

専門家を強くした。

なのに、

専門家になるための梯子だけが、細くなっている。

下仕事は、本当に無駄だったのか

新人時代の仕事には、ずいぶん無駄があった。

何時間も資料を探す。

大量のラフを作る。

先輩に赤を入れられる。

顧客から修正を受ける。

やり直す。

効率だけを考えれば、AIに任せた方がいいものも多い。

でも、その非効率のなかで、

「これは違う」

が少しずつ分かるようになっていたのではないか。

弁護士なら、使えない判例を読むこと。

デザイナーなら、採用されないラフを作ること。

コピーライターなら、没コピーを書くこと。

それらは成果物には残らない。

でも、専門家のなかには残る。

皮肉なことに、AIが大量に作れるようになったことで、この「これは違う」と判断する能力の価値はむしろ上がっているようにも見える。

Upworkでは、AI生成物を人間が修正・改善・完成させる仕事が、直近12カ月平均で前年比70%増えた。Design & Creative分野では2023年から約8倍になっている。[6]

AIが作る。

人間が見る。

捨てる。

直す。

責任を持って出す。

結局、最後には判断が戻ってくる。

問題は、その判断力をどこで覚えるかだ。

AIにできる仕事と、AIに任せる仕事

ここから先は、個人のAIスキルというより、組織の問題になる。

企業にとっては、熟練者にAIを使わせる方が合理的だ。

新人に仕事を渡し、説明し、失敗させ、レビューし、やり直させるより、ベテランとAIで終わらせた方が速い。

短期的な利益だけを見るなら、その方がいい。

AI導入による工数削減は、すぐ数字に表れる。

でも、新人に経験させなかったことによる損失は、今年の決算には出てこない。

それが数字になるのは、5年後かもしれない。

10年後かもしれない。

そのころになって、

「判断できる人がいない」

と気づいても遅い。

これまでの企業では、仕事をさせることと、人を育てることがかなり重なっていた。

新人がやる仕事には生産という目的と、育成という目的が同居していた。

AIは、その二つを分離してしまう。

「AIにできる仕事」と「AIに任せる仕事」は同じではない。

AIにできる。

AIにやらせた方が速い。

それでも、人を育てるために人間に残す。

短期的には非効率だ。

AIを導入した意味がないようにすら見えるかもしれない。

それでもやる。

専門家になるための梯子を、組織の中に残すために。

昔の苦労を保存する必要はない

ただし、ここで「若者にはAIを使わせるな」と言い始めたら、たぶん話を間違える。

図書館で何時間も判例を探した経験が弁護士を育てたとしても、これからの新人にも同じことをさせる必要があるとは限らない。

AIに100件の判例を探させて、

「なぜこの10件を残したのか」

を新人に説明させる方が、これから必要になる判断力を鍛えられるかもしれない。

日本総研のレポートも、AIに代替されにくく技能形成にもつながる業務を意識して残し、若手の育成方法そのものを再設計する必要性を論じている。[7]

守るべきなのは、昔の下積みではない。

下積みが育てていた能力だ。

AI以前の梯子を保存するのではなく、AIがあることを前提に、新しい梯子を架け直す。

おそらく企業に求められるのは、そちらなのだと思う。

任せられる時代に

AIについて考え始めたころ、私は「AIに何を任せられるようになるのか」に興味があった。

文章を書ける。

画像を作れる。

動画を作れる。

調査できる。

コードも書ける。

できることが増えるたびに、任せる仕事も増えていく。

それはたぶん止まらない。

でも最近は、逆の問いの方が気になっている。

できるのに、何をAIに任せないか。

効率が悪くても、人間に残す。

失敗すると分かっていても、若手にやらせる。

AIなら数分で終わることに、あえて時間を使わせる。

今日の仕事だけを見れば、不合理だ。

でも5年後、10年後にも、その仕事について「これは違う」と言える人を残したいなら、必要な不合理なのかもしれない。

AI導入の利益は、すぐ数字になる。

育成をやめた損失は、ずっと後になってから現れる。

だから難しい。

専門家になるための梯子は、AIが勝手に残してくれるものではない。

むしろAIが便利になるほど、放っておけば外されていく。

だからこれからは、

どこに梯子を残すのかまで、人間が決めなければならない。

AIに何を任せるかではなく、何を任せないか。

それもまた、AIを使うということなのだと思う。

コメント

タイトルとURLをコピーしました